【勝どき】清正公堂と稲荷大善神も!十返舎一九が眠る東陽院

東京都中央区にある真圓山 東陽院(読み方はしんえんざん とうよういん)は日蓮宗寺院。

江戸時代の戯作者として有名な十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)のお墓があり、山門沿いには徳川夢声(とくがわ むせい)筆の石碑があります。

こじんまりとした境内には、ご本尊の不動明王を祀る本堂と、加藤清正を祀る清正公堂が並んでいる珍しい造り。

また、日蓮宗の守護神の一柱である妙喜稲荷大善神の社や浄行菩薩像もみられます。

勝どき 真圓山 東陽院



目次
歴史とご本尊・ご利益
十返舎一九の石碑
防災まなぶ不動尊
境内
本堂・清正公堂
お稲荷さま
アクセス
近くにある神社・寺
 

東陽院の歴史とご本尊・ご利益

ご本尊は不動明王

1648年(慶安元年)、浄源院日隆(じょうげんいん にちりゅう)によって開山。

もともとは浅草永住町(現・東京都台東区東上野)にあった善立寺(現在は足立区に移転)の塔頭でした。

1925年(大正14年)に善立寺から分離独立し現在地に移転。

 

東陽院の十返舎一九の石碑

山門向かって右側には、「東海道中膝栗毛」で有名な江戸時代の作家・十返舎一九の石碑。
徳川夢声(とくがわ むせい)筆。

墓所は本堂裏手にある屋内墓地の一角にあり、寺院移転の際に一緒に移転してきました。

墓石には一九辞世の句「此の世をば どりゃお暇に 線香の 煙と共に はい左様なら」が刻まれています。

その意味は「そろそろこの世をお暇します。線香の煙と灰のように、最後は『はい、さようなら』とさっぱり逝きますよ」と、なんともユニーク。

勝どき 真圓山 東陽院

勝どき 真圓山 東陽院

 

東陽院の防災まなぶ不動尊

山門向かって左側には防災まなぶ不動尊。

案内には、勝どきのマンション火災で、4人を救助して殉職した消防隊員さん(学さんというお名前)の供養と、警察消防関係者の安全が祈願されています。

勝どき 真圓山 東陽院 防災まなぶ不動尊

勝どき 真圓山 東陽院 防災まなぶ不動尊

勝どき 真圓山 東陽院 防災まなぶ不動尊



 

東陽院の境内

正面に本堂、右側に手水と小さな社があるこじんまりとした境内。

隣接する建物になかば隠れるような感じ。

手水舎のところには浄行菩薩像も。

勝どき 真圓山 東陽院

勝どき 真圓山 東陽院

 

東陽院の本堂・清正公堂

左側が本堂、右側が加藤清正を祀る清正公堂。
正面に2つ並ぶ珍しい造りです。

左側が本堂と寺務所の入り口のよう。
昔は御朱印(御首題)を授与されていたようですが、今はないのかな?

勝どき 真圓山 東陽院

勝どき 真圓山 東陽院
中間辺りに置かれたかえるの置物

 

加藤清正は法華宗(日蓮宗)を信奉していた非常に優れた人物。
非業な最期や末路を迎え、菅原道真公と同じく神格化されています。

お堂の中央には束帯姿の加藤清正像が安置されており、天井には白い人形がズラリ。
ちょっと独特な雰囲気があります。

勝どき 真圓山 東陽院

勝どき 真圓山 東陽院

 

東陽院のお稲荷さま

清正公堂の右側には、妙喜稲荷大善神(みょうきいなりだいぜんじん)を祀る社。

日蓮宗では仏法や仏教徒を守護する神として、鬼子母神や七面明神を護法善神として祀っていますが、稲荷大善神もそのひとつ。

社には、うっすらと「妙喜稲荷大善神」と彫られています。

勝どき 真圓山 東陽院

勝どき 真圓山 東陽院

勝どき 真圓山 東陽院 妙喜稲荷大善神



 

東陽院の詳細

東陽院へのアクセス
  • 都営大江戸線:勝どき駅より徒歩5分


東陽院近くの神社・寺
波除神社 「災難を除き、波を乗り切る」波除稲荷様。厄除天井大獅子・お歯黒獅子で有名。
築地本願寺 創建400年を超える由緒ある寺院。異国情緒あふれる建物はインドの古代仏教寺院がモチーフ。
月島開運観音堂 商業施設と居住用スペースとある建物の中に鎮座。商店街有志の発願で信州善光寺から奉還し建立。
佃天台地蔵尊堂 狭い路地の奥に鎮座する、石板に彫られた(線刻)お地蔵さんです。
於咲稲荷・浪除稲荷神社 隣り合って鎮座する、大漁や水難防止を願う神社。
住吉神社 江戸時代からある、昔ながらの良き下町の雰囲気が漂う神社。佃煮のルーツ。

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