東京都足立区千住河原町にある河原町稲荷神社(読み方はかわらちょういなりじんじゃ)は、千住河原町の鎮守さまであり、かつては神田・駒込と並ぶ江戸の三大市場の一つ「やっちゃ場」と呼ばれる千住青物市場の守護神。
千寿七福神の福禄寿が祀られていることから、お正月は七福神巡りで賑わいます。
やっちゃ場の旦那衆は大きいものが好きだったそうで、鳥居や狛犬、灯篭、天水桶などがビッグサイズ!
記念碑さえも高さ4メートルと大きい。
また、金銅の金具で装飾された木造漆塗のお神輿、通称「千貫神輿」も有名です。

目次
・歴史とご祭神・ご利益
・東鳥居(表参道)
・大狛犬
・福禄寿像(千寿七福神)
・西鳥居(裏参道)
・社殿
・アクセス
・近くにある神社・寺
河原町稲荷神社の歴史とご祭神・ご利益
ご祭神は、食物・商売繁盛・出世の神様で知られる倉稲魂命(うかのみたまのみこと)。
戦火で記録等が焼失してしまったため創建年代は不明。
境内にある1906年(明治39年)の千住青物市場創立三百三十年祭紀念碑から、1576年(天正4年)頃には創建されていたと考えられています。
江戸の三大青物市場の一つであり、通称「やっちゃ場」と呼ばれる千住宿の青物市場(現・東京都中央卸売市場足立市場)の鎮守であることからも、市場の始まりとともにあったと考えられています。
ちなみに、「やっちゃ場」と呼ばれるゆえんは、セリの声が「ヤッチャイ、ヤッチャイ」と聞こえたからなのだとか。
河原町稲荷神社の東鳥居(表参道)
河原町稲荷神社の鳥居は、住宅側(東鳥居)と大通り沿い(西鳥居)と2ヶ所あり。
表参道にあたる東鳥居は石造りで、旧・日光街道側となる住宅地の路地に面しています。

鳥居をくぐって左側には、1906年(明治39年)の千住青物市場創立三百三十年記念祭の記念碑。
その高さは4メートルとなかなかのもの。
この年のお祭りでは、千貫神輿と中神輿、小神輿、さらに神功皇后と大蕪の二基の山車が渡御し、3軒の問屋が潰れたのだとか!?

河原町稲荷神社の大狛犬
正面には、大きな自然石の上に鎮座した狛犬。
足立区内最大といわれる大きさで、浅草神社にある狛犬とは兄弟狛犬と呼ばれているそうです(造りが似ているので、同じ石工師が作ったのではと言われています)。



河原町稲荷神社の福禄寿像(千寿七福神)
狛犬の先、社殿右手には長寿・富貴の神様として知られる福禄寿像。
千の寿(コトブキ)を呼びよせるとされる千寿七福神の一つです。
ちなみに、千寿七福神は以下。
大黒天…千住本氷川神社
布袋尊…大川町氷川神社
寿老人…元宿神社
恵比寿天…千住神社
毘沙門天…八幡神社
福禄寿…河原町稲荷神社
弁財天…仲町氷川神社


その奥は社務所。
稲荷神社と七福神の2種の御朱印があるようです。

河原町稲荷神社の西鳥居(裏参道)
社殿に正対するように建つ御輿庫と神楽殿。
御輿庫には、1870年(明治3年)に完成した、金銅の金具で装飾された金銅装神輿「千貫神輿(足立区登録文化財)」が安置されています。
明治初期の頃に作られたそうで、美しい細工や装飾が施された江戸神輿の形式。
高さ約2.4m。
重量は450貫(1687.5キロ)。
例大祭には青物市場の問屋衆が集まり、千貫神輿が町内を巡行し盛り上がります。
日光街道(国道4号線)沿いに建つのは、大きく立派な西鳥居。
表参道の石鳥居とは異なる青銅製で、「神徳無窮(しんとくむきゅう)」と彫られた石柱?
その意味は「神様の恵みやご加護が永遠に果てしなく続く」。



河原町稲荷神社の社殿
社殿は一段高いところにあり、南向きに建てられていました。
社殿につながる階段横には力石。
コンクリートの中に固定されています。


社殿の両サイドにある灯篭と天水桶は、どちらも大きくて立派。
天水桶は1850年(嘉永3年)に奉納されています。


朱色の外観が特徴的な、鉄筋コンクリート造銅板葺き。


河原町稲荷神社の詳細
河原町稲荷神社へのアクセス
- 京成本線:千住大橋駅より徒歩3分
- 各線:北千住駅より徒歩12分
河原町稲荷神社近くの神社・寺
| 源長寺 | 阿弥陀如来をご本尊にする浄土宗寺院。山門では仁王像がにらみをきかせています。 |
|---|---|
| 白幡八幡神社 | 普段は無人の静かな神社。千住七福神の毘沙門天も祀っています。 |
| 仲町氷川神社 | ご祭神は素戔嗚命。江島神社や三峯神社、稲荷神社、天満宮などもあり。 |
| 千住神社 | 境内には富士塚もあり、願かけ恵比寿をはじめたくさんの神様がいます。 |
| 橋戸稲荷神社 | 元気な狛狐さんが守る神社。土蔵造りの本殿の観音開きの扉には鏝絵が描かれています。 |
| 素盞雄神社 | 疫病除けのご利益で有名。松尾芭蕉が奥の細道の旅へ出発した場所であり、御創建起源の霊石「瑞光石」を祀る富士塚があります。 |






