三井(三越)ゆかりの神社として知られている三囲神社(読み方はみめぐりじんじゃ)は、開運招福・厄除け・商売繁盛・良縁成就のご利益で知られる神社。
また、恵比寿・大国神を担る隅田川七福神の一社。
白いきつねが現れて神像の周りを3回まわったことから「三囲神社」と呼ばれるようになったという、スピリチュアルなパワースポットです。
江戸時代後期の浮世絵師である葛飾北斎や歌川広重、画家の司馬江漢の作品の中でも多く描かれており、境内には三井財閥(三井グループ)の信仰の深さが伝わる建造物など見ごたえがあります。

目次
・歴史とご祭神・ご利益
・鳥居・参道
・ライオン像&神狐像コンコンさん
・社殿
・月読社・顕名霊社・富士見稲荷
・三柱手水舎・三角石鳥居・三つ穴灯籠
・元参道(顕名霊社)
・老翁老嫗像・稲荷社
・御朱印・お守り
・隅田川七福神めぐり
・アクセス
・近くにある神社・寺
三囲神社の歴史とご祭神・ご利益
ご祭神は宇迦御魂之命(うがのみたまのみこと)。
伏見稲荷大社の主祭神と同じ神さまを祀ることから、「三囲稲荷」とも呼ばれています。
そのご利益は商売繁盛・開運招福・金運・良縁祈願など。
詳しい創建年代は不明ですが、向島に社を構えたのは平安初期の頃。
真言宗の開祖・弘法太師空海が稲荷神の御神体を彫り創建したと伝わっており、当時は田んぼの中にポツンとあったことから田中稲荷と呼ばれていました。
南北朝時代に、三井寺(みいでら)の僧・源慶(げんけい)が荒れ果てた小堂を再建したところ、白狐にまたがる老翁の神像が入った壺を発見。
すると、どこからともなく白狐が現れ、その御神体の周囲を三度巡って去っていったという不思議な出来事から三囲神社と呼ばれるようになりました。
江戸時代には、三井家(三井財閥)が「商売繁盛の神様」として崇め、守護社としていたことでも有名。
その理由は主に2つ。
三囲神社が三井の本拠地である江戸本町から見て鬼門(東北の方角)に位置していたことと、三囲神社の「囲」には「井」が入っていることからです。
現在でも日本橋三越本店や銀座三越の屋上には、同神社の分霊が祀られています。
明治の神仏分離後、1873年(明治6年)に、社号を「三圍稲荷」から「三圍神社(三囲神社)」へ改称。
今に至ります。
三囲神社の鳥居・参道
隅田川の東岸、言問橋から見番通りを進むと見えてくる表参道。
旧字体で「三圍神社」と彫られた社号碑と一の鳥居。
まっすぐと続く参道の先には社殿が見え、二の鳥居前からは玉垣で境内が囲われています。


参道右側、玉垣の奥には実業家・日比翁助(ひびおうすけ)による石垣の歌碑「いし可きの小石大石持合ひて 御代磐ゆる可ぬ松ケ枝の色」。
その意味は「石垣の大小さまざまな石がしっかりと組み合わさり(=人々が身分にかかわらず協力し合い)、君主の治める国や組織が磐石で揺るがないことを、常盤木である松の緑の変わらぬ色に重ねて」。




拝殿前の参道には、石柱が立ち、どっしりとした体形に江戸尾立の狛犬。
後ろには「雨乞の碑」と呼ばれる、宝井其角(たからいきかく)の歌碑「遊ふ田地 や田を見めぐりの神ならば」。
1693年(元禄6年)に厳しい干ばつに見舞われた際、松尾芭蕉の門弟(蕉門十哲)である宝井其角が「夕立ちや田をみめぐり(三囲=見巡り)の神ならば」と詠んだ句を奉納したところ、翌日に雨が降ったという伝承から建てられた碑。
ちなみに歌の意味は「ほんとうに田を見めぐり(三囲)の神がいらっしゃるというなら、夕立を降らせてください」。




三囲神社のライオン像&神狐像コンコンさん
神社にライオン像とはなんとも珍しい、けど三越の守護社であることからも納得のライオン像。
池袋三越の店頭に置いてあったライオン像で、2009年(平成21年)に閉店した際に奉納。
三囲神社のシンボルになっており、ライオン像の足を触ると金運や商売繁盛にご利益があると言われています。
越後屋(三越)の社紋が入った台座も。


そして社殿前には1802年(享保2年)に奉納された神狐像。
職人言葉で「目尻の下がった温和な表情=コンコンさん」と言っていたことから、「みめぐりのコンコンさん」と呼んで親しまれてきました。
また何も持たず、頭上に饅頭・宝珠を載せている珍しいスタイルです。


三囲神社の社殿
1862年(文久2年)に再建されたクラシックな木造桟瓦葺(さんかわらぶき)権現造の社殿。
扁額には、正式名称である旧字体の「三圍」。
木鼻には獅子と獏。


三囲神社の月読社・顕名霊社・富士見稲荷
社殿の周囲には数々の石碑や句碑や石灯籠が置かれており、ぐるりと囲うように一周できます。

社殿向かって左側には月読社。
1855年(安政2年)改築以前の本殿で使われていた木材が使用されています。
神額には「月読尊」。
月の神である月読命(つくよみのみこと)、越後屋(現在の三越)に祀られていた大国神・恵比寿神が祀られていることから、商売繁盛や「ツキ(月)」を呼ぶパワースポットと言われています。





すぐ近くには富士見稲荷神社。




三囲神社の三柱手水舎・三角石鳥居・三つ穴灯籠
三本柱の屋根の下には円柱形の手水石が置かれている三柱手水舎。
蟇股の中には、三井家の四ツ目結紋が施されています。

三井邸から移された、古井戸のところに建つ三柱鳥居(三角石鳥居)。
正三角形平面に組み合わされた珍しい鳥居で、京都の蚕ノ社(正式名は木島坐天照御魂神社 / このしまにますあまてるみむすびのやしろ)をモデルに造られたレプリカです。
悪縁を断ち切り良縁を結ぶパワースポットとして知られています。

さらに、境内にみられる石灯籠の多くは、火袋に三つの穴が空いている三つ穴灯籠。
「3」にまつわる奉納物が多くみられるのは、三井家の守護神だからでしょうか。
三囲神社の元参道(顕名霊社)
かつての表参道であった隅田川側の参道。
神門の先には鳥居があり、その先には隅田川の土手。
昔は隅田川から舟で渡り参詣していたそうです。
通常は開門されているようですが、正月期間などは開門されているとかいないとか?

参道沿いにあるのは、三井家の祖先を祀る顕名霊社。
細やかな彫刻が施された社殿で、近くで見れないのが残念。
三井11家の当主夫妻、120柱余りの霊が神として祀られており、こちらは没後100年を経た霊だけが祀られるそうです。
三囲神社の老翁老嫗像・稲荷社
社殿の右手には、ズラリと並ぶ奉納鳥居と稲荷社。
白狐祠や稲荷社が並ぶ中、中央には白狐祠を守っていた老翁老嫗(ろうおうろうう)像。
願い事を聞いてほしいときは老婆に伝え、老婆が田んぼで狐を呼ぶとやってきて、願い事を聞いてくれていたのだとか。
他の人が呼んでも決して狐は現れなかったそうです。
生活全般の豊かさや発展のご利益があると言われています。



2つある白狐祠は千本鳥居を進んだ奥に。
どちらも塀のそばに塚が築かれており、狛狐が多数置かれています。
↓白狐祠その1

↓白狐祠その2


↓神使狐の広富神社。




↓福寿神社

三囲神社の御朱印・お守り
御朱印やお守りは社殿右手の社務所にて。
平日は不在であることが多い様子。
元日から7日までは、隅田川七福神の恵比寿神・大国神の御朱印が頂けます。
お守りでは「強運お守り」と「金銀富貴のお守り」が有名。
セットで授与される方が多く、自分でお守り袋に入れます。
戦時中は、強運お守りを持っていると弾にあたらないと信仰されており、現在では諸難を除去して開運するといったご利益があると言われています。

三囲神社の隅田川七福神めぐり
隅田川七福神の大国神・恵比寿神。
北の多聞寺と同じく、隅田川七福神めぐりのスタート地点(もしくは終着地点)でもあります。
御開帳は元日から1月7日まで。
御分体・宝舟・御朱印などの授与品を頒布しており、スタンプ専用色紙は8日以降も授与。
恵比寿神・大国神…三囲神社
寿老神…白鬚神社
毘沙門天…多聞寺
福禄寿尊…向島百花園
弁財天…長命寺
布袋尊…弘福寺

三囲神社の詳細
三囲神社へのアクセス
- 東武スカイツリーライン:東京スカイツリー駅より徒歩9分
- 各線:押上駅(東京スカイツリー前)駅より徒歩12分
- 東京メトロ銀座線・都営浅草線:浅草駅より徒歩16分
三囲神社近くの神社・寺
| 牛嶋神社 | 立派な三ツ鳥居がある神社。撫で牛やライトアップで知られています。 |
|---|---|
| 弘福寺 | 日本三禅宗の一つ、黄檗宗の寺院。「咳の爺婆尊」で有名。隅田川七福神めぐりの布袋尊です。 |
| 長命寺 | 長命水の井戸や芭蕉の句碑があり、桜餅で有名。隅田川七福神の弁財天です。 |
| 待乳山聖天 | 聖天さま独特の秘法である浴油祈祷で有名。お供え物は大根です。 |
| 今戸神社 | 境内の至る所に招き猫があり、拝殿には大きな招き猫。沖田総司終焉の地としても有名です。 |






