新宿二丁目に鎮座する太宗寺(読み方はたいそうじ)は、江戸六地蔵と江戸三大閻魔大王像が鎮座する浄土宗寺院。
正式名称は「霞関山 本覚院 太宗寺(かかんざん ほんがくいん たいそうじ)」。
江戸時代の頃には宿場町(内藤新宿)として栄えた高遠藩内藤家の菩提寺です。
また、新宿山ノ手七福神の布袋尊を担っています。
広い境内には人懐っこいお寺猫が暮らしており、運が良ければそのかわいい姿に出会えます。

目次
・歴史とご本尊・ご利益
・山門・境内
・江戸六地蔵第三番
・閻魔堂
・本堂
・不動堂
・塩かけ地蔵尊と稲荷社
・新宿山ノ手七福神
・御朱印・お守り
・アクセス
・近くにある神社・寺
・近くのおすすめグルメ
太宗寺の歴史とご本尊・ご利益
ご本尊は阿弥陀如来。
その創建は1596年(慶長元年)頃で、僧・太宗が開いた草庵「太宗庵」が前身となっています。
1629年(寛永6年)に、内藤家安房国勝山藩の第2代藩主内藤正勝が太宗寺へ埋葬されたことをきっかけに、以後内藤家の墓所に。
1668年(寛文8年)に内藤重頼公から寺地が寄進され、太宗寺が創建されました。
宿場(内藤新宿)の中にあったことから参詣者も多く発展。
新宿の発展とともに境内が整備され、今に至ります。
太宗寺の山門・境内
屋根のついた山門はなく、広くとられた入り口からは境内がよく見えます。
新宿という都心にあるのにかかわらず広い。


右手に地蔵菩薩坐像と閻魔堂。
正面に本堂。
左手に不動堂と塩かけ地蔵、稲荷社とあります。


太宗寺の江戸六地蔵第三番
入ってすぐ右側には、江戸六地蔵の一つである大きなお地蔵さま「銅造地蔵菩薩坐像(都指定有形文化財)」。
かつては江戸に入る6つの街道入口に鎮座していた江戸地蔵の一つで、第三番(甲州街道)になります。

その高さは2.67mと大きく、右手に錫杖、左手に宝珠を持っています。
像本体や台座には寄進者名が刻まれており、像内には像高21センチの銅造六地蔵菩薩坐像や木造地蔵菩薩坐像、銅舎利塔、金銅丈六地蔵尊奉加帳などの納入品が収められていました。
ちなみに、1981年公開映画「セーラー服と機関銃(主演:薬師丸ひろ子)」のロケ地になっており、お地蔵さんの膝の上に主人公が座るシーン(!?)は有名です。

江戸六地蔵は、深川の地蔵坊正元(しょうげん)という人が若い頃に大病を患い、「病が癒えたあかつきには地蔵像をたくさん造立する」と地蔵菩薩に祈ったことから。
無事に病気から回復すると寄進を募り、江戸の主要六街道の出入口に地蔵像を造立。
全部で六体あり、江戸六地蔵と呼ばれるようになりました(そのうちのひとつは廃仏毀釈で壊されて現存していません)。
ちなみに、江戸六地蔵の第1番は品川寺(品川/東海道)、第2番は東禅寺(浅草/奥州街道)、第4番は真性寺(巣鴨/中山道)、第5番の霊巌寺(江東区/水戸街道)、第6番の永代寺(江東区/千葉街道、現存せず)。
江戸六地蔵のなかでも、太宗寺のお地蔵様は一番小ぶりです。

太宗寺の閻魔堂
お地蔵さまの奥には、閻魔像と脱衣婆像が安置されている閻魔堂。
1814年(文化11年)に安置された閻魔像は、江戸三大閻魔の一つ(他は豊島区西巣鴨の善養寺、杉並区松ノ木の華徳院)で、そのご利益は家内安全・開運・厄除け・無病息災など。


普段は扉越しにしか見ることが出来ませんが、毎年閻魔様の縁日(1月15・16日、7月15・16日)にご開帳されています。
縁日以外では、閻魔堂の真ん中にある電灯のスイッチを押すと灯りが付き、閻魔様や奪衣婆を金網の外から拝顔することが出来ます。


「内藤新宿のおえんま様」とも呼ばれている木造彩色の閻魔像の高さは5.5m。
目をむき大きく口をあけた迫力ある表情で、子供のしつけのために参拝されることもあったのだとか。
向かって右側には噓つきの舌を抜く金ばさみが!?
1847年(弘化4年)、酔っ払いによって閻魔像の水晶の目が盗まれてしまいますが、身体がすくんで転倒するという不思議な出来事が!?
その様子は錦絵にも描かれたのだとか。
また、度重なる火災により、製作当初から残っているのは頭部のみ。
他は作り直されています。

閻魔様の左側には、三途の川にやってきたものの衣服をはぎ取り罪を計る奪衣婆(だつえば)像。
こちらもなかなかの大きさですが、それ以上にちょっとビジュアルが迫力ありすぎ…。
とはいえど、衣をはぐことから商売神「しょうづかのばあさん」、咳止めや疫病除け、子どもの百日咳平癒にご利益がある子育ての神さまとして信仰されています。

太宗寺の本堂
鉄筋コンクリート造による近代的なデザインの本堂。
7月15・16日には、閻魔堂の御開帳と一緒に本堂内で曼荼羅(感無量寿経曼荼羅、阿弥陀経曼荼羅、無量寿経曼荼羅)・涅槃図・地獄変相十王図などが御開帳されています。
曼荼羅の一つである感無量寿経曼荼羅は縦4.25m、横3.08mと大きく、当麻寺(奈良県)の感無量寿経曼荼羅を同じサイズで模写。
浄土宗の経典の一つにあたります。

本堂向かって右側には、新宿区登録有形文化財に指定されている切支丹灯籠(きりしたんどうろう)。
織部型灯篭の竿部分(脚部)が内藤家墓所から出土し、上部の笠・火袋部分は復元。
白みかげ石で、江戸時代中期頃に造られたとされています。
隠れキリシタンが密かに礼拝していたとされる灯篭で、全体の形状は十字架、竿部の彫刻はマリア像を象徴しているそうです。
別名「マリア観音」とも呼ばれています。


本堂向かって左側の墓地には、新宿区指定史跡の内藤正勝のお墓があります。
墓塔は3基あり、すべて宝篋印塔(ほうきょういんとう)。
中央が内藤家安房国勝山藩の第2代藩主の内藤正勝、右が信濃高遠藩の第8代(最後)の藩主であり高遠藩内藤家13代の内藤頼直(ないとう よりなお)、左が内藤家累代の墓塔です。
太宗寺の不動堂
欄間の飛龍や、向拝柱の唐獅子・獏など見事な彫刻が施された不動堂。
江戸時代に造られた三日月不動像と、新宿山ノ手七福神の布袋尊像が祀られています。

三日月不動像の額の上には銀製の三日月が付けられており、その高さは1.94m。
後ろの火炎光背も含めると2.43m。
作者や詳しい年数は不明で、江戸時代に造られたとされています。
高尾山薬王院に奉納するため運んでいる最中で、太宗寺にて休息した際に盤石のごとく動かなくなったことから、ここに不動堂を建立し安置したというスピリチュアルな伝説が。
額上の三日月は、「弦月の遍く照らし、大空をかける飛禽の類に至るまで、あまねく済度せん」との誓願によるもの。
そのため、三日月の光が大空を照らせるようにと、像の上には窓が取り付けられ、空を望むことができるようにされています。
普段はガラス越しにしか内部が見られませんが、7月15・16日の閻魔堂御開帳と一緒に不動堂も御開帳。



太宗寺の塩かけ地蔵尊と稲荷社
不動堂の左側には、塩に埋もれた塩かけ地蔵尊。
お塩を少しいただいて、身体の治したい部分にすり込むとよいそうです。
そして治ったら、いただいたお塩の倍の量をお返しします。
全身がほとんど塩まみれになっている状態は、それだけ多くの人々の身体を癒してきたご利益の結果…ということなのでしょうか。



塩かけ地蔵尊の隣には稲荷社。
社の前に鎮座する神狐は、大きい方が宝珠と巻物を咥え、小さな方は共に子抱き。


太宗寺の新宿山ノ手七福神
新宿山ノ手七福神は、年間を通しておこなわれている七福神めぐり。
授与品では、ご朱印、ご神体(ミニ御尊像)、宝船が頒布されており、新宿観光案内所で新宿山ノ手七福神めぐりのガイドマップが用意されています。
布袋尊…太宗寺
恵比寿神…稲荷鬼王神社
福禄寿…永福寺
弁財天…厳嶋神社
寿老人…法善寺
大黒天…経王寺
毘沙門天…善國寺

太宗寺の御朱印・お守り
御朱印では「阿弥陀仏」や「閻魔王」「江戸六地蔵」「新宿山の手七福神」などの御朱印があります。
また、閻魔大王像にちなんだ「病厄難消除お守り」が有名。
太宗寺の詳細
太宗寺へのアクセス
- 東京メトロ丸の内線:新宿御苑前駅より徒歩1分
- 都営新宿線・東京メトロ丸の内線・副都心線:新宿三丁目駅より徒歩4分
太宗寺近くの神社・寺
| 花園神社 | ビルに囲まれた都会の神社。酉の市や骨董市、例大祭などで有名です。 |
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| 多武峯内藤神社 | 駿馬伝説で有名な徳川の家臣・内藤清成が創建した神社。もともとは新宿御苑に鎮座。 |
| 西向天神社 | 太宰府にむけて社殿を西向きに造っている事からこの呼び名に。梅のシーズンは見ごたえあり。 |
| 正受院 | 針供養大法要で有名な浄土宗の寺院。「綿のおばば」と呼ばれる奪衣婆像があり。 |
| 法善寺 | 山の手七福神の寿老人を祀る日蓮宗寺院。日蓮宗の守護神「七面明神像」が安置されています。 |
太宗寺近くのグルメ
| サームロット | タイ・セレクト認定マークを保持する本格タイ・ベトナム専門店。 |
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