1584年(天正12年)、平貞盛の子孫である服部貞殷が府中の六所宮(現大国魂神社)から勧請し、祈願所として創建された赤堤六所神社(読み方はあかつつみろくしょじんじゃ)。
正式名は「六所神社」ですが、東京都世田谷区赤堤の地名から「赤堤六所神社」と呼ばれています。
森のような自然に囲まれた境内には本社の他、厳島神社(辨天宮)、合祀殿、松沢稲荷神社と鎮座。
兼務社に杓子稲荷神社があります。

目次
・ご祭神・ご利益
・歴史
・鳥居
・境内
・厳島神社(辨天宮)
・合祀殿
・社殿
・松沢稲荷神社
・アクセス
・近くにある神社・寺
赤堤六所神社のご祭神・ご利益
ご祭神は大国魂命(おおくにたまのみこと)。
相殿に瓊々杵尊(ににぎのみこと)、素盞嗚命(すさのおのみこと)、大宮売命(おおみやのめのみこと)、伊弉冉命(いざなみのみこと)、布留大神(ふるのおおかみ)。
出雲大社の祭神である大国主命をお祀りしていることから、恋愛や仕事などさまざまなご縁結びや、災いを払い運気を向上させる厄除けのご利益で有名です。
赤堤六所神社の歴史
1584年(天正12年)に平貞盛の子孫の服部貞殷が、武蔵国府中の武蔵総社六所宮(現大國魂神社)のご分霊を勧請して創建。
別当寺は服部家ゆかりの西福寺です。
服部家の祈願所として建てられたものの、近隣住民からの崇敬も高く、赤堤村の鎮守として大切にされました。
ちなみに、服部貞殷は伊賀(三重県)の出身の服部半蔵に連なる人物。
西福寺にお墓があります。
1582年(天正10年)の本能寺の変において、服部半蔵が徳川家康を護衛した伊賀越えでは、世田谷の服部氏も手勢を率いて家康の案内を務めたといわれています。
その後、旗本に登用され、家康の関東入りに従って赤堤村などを所領としています。
赤堤六所神社の鳥居
東急世田谷線松原駅から山下方面に歩いていくと見えてくる森。
線路沿い、住宅に囲まれた場所に鎮座しています。

木々に囲まれた自然の中にある境内。
一の鳥居をくぐり、さらに二の鳥居まで参道が続いています。

赤堤六所神社の境内
二の鳥居の先、正面には本社。
右側には赤堤幼稚園と社務所。
左側には厳島神社(辨天宮)。
左側にある手水舎には、片手をあげる亀の口から水が出ていました。


赤堤六所神社の厳島神社(辨天宮)
鳥居をくぐって左側には、天宇受売命(あめのうずめのみこと)を祀る厳島神社(辨天宮)。
フェンスで囲われており、池と中島があります。

入り口には、日本神話に登場する芸能・巫女の女神である天宇受売命の姿が彫られた記念碑。
赤堤に住んでいた漫画家・杉浦幸雄氏の絵によります。
赤堤六所神社では年に一度、境内で六所の森の会による六所の森クラッシックコンサートが開催されており、その30回目の記念碑です。


池の奥にある小島には、天宇受売命を祀る小さな祠。
なんと、池の主は鯉ではなく金魚でした。

赤堤六所神社の合祀殿
参道沿いにある合祀殿には、5つの社が合祀されています。
天祖神社…天照皇大神
子安神社…木花咲邪姫命
御嶽神社…櫛真命
大鳥神社…日本武尊
神明社…大日霎命


赤堤六所神社の社殿
1969年(昭和44年)に造営された鮮やかな朱塗の社殿。
拝殿前に鎮座する狛犬は、右は阿形で鞠を抱え、左は吽形で子抱き。




赤堤六所神社の松沢稲荷神社
社殿向かって左側には、狛犬も鎮座する詳細不明な社殿。
旧社殿でしょうか?
木鼻にある狛犬は、目が青い凝った造り。
社の前に鎮座するのは、江戸流れ狛犬の子連れ。




その奥にひっそりと鎮座するのが松沢稲荷神社。
神狐たちがわらわらっと鎮座しています。



しかも、社の後ろにもまた社。

赤堤六所神社の詳細
赤堤六所神社へのアクセス
- 東急世田谷線:松原駅より徒歩4分
赤堤六所神社近くの神社・寺
| 西福寺 | 朱塗りの随神門が目印。玉川八十八ヶ所霊場第46番札所で、赤堤六所神社の元別当寺。 |
|---|---|
| 善性寺 | 良弁僧正が造られた不動明王を本尊とする真言宗豊山派の寺院。 |






