【江東区】歴史ある元八幡!溶岩造りの富士塚がある富賀岡八幡宮

富岡八幡宮との関りから「元八幡」とも呼ばれている富賀岡八幡宮(読み方はとみがおかはちまんぐう)。

奈良時代創建と長い歴史を持つ、産土鎮守神として信仰されてきた古社です。

境内には溶岩造りの富士塚「砂村富士」があることでも有名。

また、歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれるなど、かつては江戸郊外の名所として有名でした。

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)





目次
歴史とご祭神・ご利益
鳥居・参道
社殿
浅間神社と砂村富士(富士塚)
御朱印
例大祭
アクセス
近くにある神社・寺
 

富賀岡八幡宮の歴史とご祭神・ご利益

ご御祭神は応神天皇(誉田別命)、比売大神(ひめのおおかみ)、倉稲之魂命(うかのみたまのみこと)、他五柱。

諸願成就のご利益がある産土鎮守神として広く信仰されています。

 

その創建は749年(天平勝宝元年)。

藤原鎌足の孫である奈良時代の貴族、藤原豊成(ふじわらのとよなり)が創設したのが始まりとされています。

その後、菅原道真の末裔とされる長盛法印(ちょうせいほういん)が御神託を受けて富岡八幡宮を創建したことから、富賀岡八幡宮は「元八幡」と呼ばれるように。

「元八幡」と呼ばれるに至った経緯は、ここに富岡八幡宮が最初に勧請したからとか、伊奈氏の家臣から奉納された八幡神像を富岡八幡宮に奉納する前に置かれたからなど、いくつかの諸説があるようです。

1659年(万治2年)になると、相模国三浦郡から移り住んだ砂村新左衛門によってこの辺りの開発が進み、宝六島から砂村新田に改称。

江戸時代のこの辺りは緩やかな岡で周辺を一望できたことから、「富を賀するの岡=富賀岡」とも呼ばれていました。

1910年(明治43年)に砂村永代新田の田守稲荷神社を合祀されています。

江東区 富賀岡八幡宮

 

富賀岡八幡宮の鳥居・参道

最寄り駅の東京メトロ東西線南砂駅東口より、徒歩10分ほどの場所に鎮座。

享保年間の頃は、境内や参道に桜や松が植えられた景勝地として賑わっていたそうですが、現在は公団住宅や企業関係の建物が多く建ち並んでいます。

入り口には社号標「富賀岡八幡宮」と「八幡神社」。

玉垣で囲われた境内に入ると、左側に砂村新左衛門顕彰碑と標柱「元八幡旧跡」。
右側には八幡保育園。

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮

 

富賀岡八幡宮の社殿

社殿前、右側には手水舎。

左側には芭蕉句碑「芭蕉 めにかかる 雲やしばしの 渡鳥」。
隣は不明。

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮

 

手水舎の後ろ、保育園に近い場所には、元八まん道道標・庚申塔・御影敷石百三拾枚奉納碑。

江東区 富賀岡八幡宮

 

1961年(昭和36年)に再建された社殿。

お賽銭箱の横には、クリアファイルに入った「江東区神社マップ15社巡り(2026年10月末まで)」とスタンプ台が。

せっかくなのでスタンプを頂きました。
期間内に全て参拝できるといいのですが…。

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮




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富賀岡八幡宮の浅間神社と砂村富士(富士塚)

神楽殿と神輿庫の前を通った奥には、木花開耶姫(このはなさくやひめ)を祀る浅間神社と砂村富士(富士塚)。

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮 浅間神社

江東区 富賀岡八幡宮 浅間神社

江東区 富賀岡八幡宮 浅間神社と砂村富士(富士塚)

 

鳥居をくぐった右側には、1833年(天保4年)以前に築造された砂村富士(富士塚)。

もともとここより少し離れた場所にあったのですが、水害で崩れたので表面を溶岩(伊豆黒ボック石)で固定し現在地に移築。

「注意 あぶない 落石あり、山え登らないこと」と書かれた注意書きが置かれ、現在は登拝できません

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)

 

砂村富士塚は、江戸富士講の流れを汲む山吉丸す御水講(やまきちまるすおみずこう)が中心となって信仰。
ちなみに、山吉講は食行身禄(じきぎょうみろく)の直弟子とされている吉田平左衛門が創始した富士講です。

塚に配置されている最古の石碑から、文化・文政期から天保4年までの間に造られたと考えられています。

登山口前には、多数の力石砲弾もあり。

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)

 

頂上に向う登山口として、正面(西)に吉田口、背面(東)に大宮口、右側面(北)に須走口が作られており、中腹を真横に周回できる中道巡りの道もあると、本物を再現しています。

また、右(北)には宝永山を表す小さい高まりを作り、塚の左裾には胎内と呼ぶ横穴も。

頂上に登って富士山の方角を向くと浅間嶽大日如来碑と対面するようになっているそうです。

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)
富士塚の下には小径がありました。

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)

江東区 富賀岡八幡宮 砂村富士(富士塚)
富士塚の中腹にある小御嶽神社(江東区有形民俗文化財)

 

左側には御堂、弁財天石祠、出羽三山碑、砂村囃子碑、ここにも力石。

出羽三山とは、江戸時代中頃から霊山・修験道の山として崇敬されている羽黒山・月山・湯殿山の総称(いずれも山形県)。
碑面中央下部には、湯殿山の山上衆徒の三先達の一人である「大先達智憲院」。

砂村囃子碑は、左から「はやし連」「江戸祭囃子」「砂村囃子」。

境内には8個の力石(江東区有形民俗文化財)があり、砂村囃子碑のそばにあるのは仙気稲荷神社(砂村稲荷神社)から移転されたものです。

江東区 富賀岡八幡宮

江東区 富賀岡八幡宮

 

富賀岡八幡宮の御朱印

御朱印は決まった日程で授与されているようです。

江東区 富賀岡八幡宮 御朱印
2026年7月1日に参拝

 

富賀岡八幡宮の例大祭

例大祭の本祭は4年に一度、8月下旬に斎行されています。
近年では2025年にあたり、次回は2029年かな。

巨大な宮神輿に各町会の神輿が連なるお祭りの様子は、まさに豪華絢爛、勇壮無比。

沿道からこれでもかと水が浴びせかけられる水かけ祭りの風景は、まさに江戸東京を代表する風景です。

 




富賀岡八幡宮の詳細

富賀岡八幡宮へのアクセス
  • 東京メトロ東西線:南砂駅東口より徒歩10分


富賀岡八幡宮近くの神社・寺
志演尊空神社 400年の歴史がある、ごま(護摩)の稲荷とも言われている神社。日本最古の力石があります。
仙気稲荷神社 「おなか痛い時にお参りすれば治る」と信仰される霊験あらたかなお稲荷さん。




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