第六天榊神社(読み方はだいろくてん さかきじんじゃ)は、武蔵国中心に数多くあった第六天系神社の総本宮とも称される古社。
また、「下町八福神の神社めぐり」の一社でもあります。
正式名称である社号は「榊神社」ですが、旧社号から「第六天榊神社」のほうが定着している様子。
台東区の石塚稲荷神社・揖取稲荷神社・篠塚稲荷神社、中野区の第六天神社を兼務しています。

目次
・ご祭神・ご利益
・歴史
・鳥居
・境内
・社殿
・繁昌稲荷神社
・七福稲荷神社・豊受神社・事比羅神社
・御朱印
・アクセス
・近くにある神社・寺
總本宮第六天 榊神社のご祭神・ご利益
ご祭神は、神世七代における第六代の神さまである面足尊(おもだるのみこと/男神)と惶根尊(かしこねのみこと/女神)の二柱。
そのご利益は健康長寿・諸業繁栄などです。
神仏習合時代は第六天魔王の仮の姿であるとされている天神第六代坐榊皇大御神(あまつかみむつのみよにあたりたまうさかきのすめおおみかみ)を祀られていたので、「第六天神宮」「第六天社」と呼ばれていました。
皇祖二柱が祀られるようになったのは神仏分離以後です。

總本宮第六天 榊神社の歴史
110年(御宇40年)の第12代景行天皇の御代にて創建。
日本武尊(景行天皇の皇子)が東国の乱を鎮めに向かったところ、この地に国土創成の祖神である皇祖二柱の神を鎮祭。
白銅の宝鏡を納め国歌鎮護の神宮としたのが始まりとされています。
その後、鳥越神社が建てられ、その敷地内になったことから末社に。
熱田明神も境内にあり、この三社を鳥越三所明神と呼んでいました。
江戸時代になると鳥越神社はそのままに、熱田明神と第六天神(榊神社)は別場所に遷座します。
明治に入ると、神仏分離で榊神社と改称。
御祭神も現在の天神第六代坐榊皇大御神に改められ、今に至ります。
總本宮第六天 榊神社の鳥居
都営浅草線蔵前駅と浅草橋駅の中間ぐらい、江戸通りから須賀橋交番前を右折した先に鎮座。
南向きの大きな石鳥居。
社号碑の「榊神社」は、海軍大将で男爵の大角岑生(おおすみ みねお)の文字によるものです。


ちなみに、西側にも鳥居があり、入ってすぐ右側には繁昌稲荷神社、左側には七福稲荷神社、豊受神社と事比羅神社の合殿があります。

總本宮第六天 榊神社の境内
大鳥居をくぐると、参道右手には素敵な手水石が置かれた手水舎。
手水舎のそばには、お参りの仕方が書かれていました。



やや左に曲がった先に社殿と社務所。
反対側には授与所や境内社、神楽殿。


總本宮第六天 榊神社の社殿
改修を繰り返しながら現存する、1933年(昭和8年)に建立された鉄筋コンクリート造の社殿。
賽銭箱には社紋「七曜紋」。
社殿の手前には、ムッキムキの招魂社系の狛犬が鎮座し、その首には鈴がかかっています。



總本宮第六天 榊神社の繁昌稲荷神社
神楽殿に隠れるように鎮座する繁昌稲荷神社。
鳥居の右側には浅草文庫跡碑。
もともとここは明治の公立図書館である浅草文庫があった場所でした。

總本宮第六天 榊神社の七福稲荷神社・豊受神社・事比羅神社
石鳥居をくぐると、保護のためか金網で囲われた狛狐。
その奥には狐塚かな?




引き返すことなく抜けられるように作られた参道沿いに七福稲荷神社、豊受神社と事比羅神社の合殿。

参道を挟んだ向かいには、大鳳石と彫られた力石と手押しポンプ式の井戸がありました。



總本宮第六天 榊神社の御朱印
御朱印は社殿右手の社務所にて。
御朱印は中央に「榊神社印」の朱印、総本宮第六天の印判、鶴亀スタンプが押されています。



總本宮第六天 榊神社の詳細
總本宮第六天 榊神社へのアクセス
- 都営浅草線:蔵前駅より徒歩4分
- JR総武線・都営浅草線:浅草橋駅より徒歩5分
總本宮第六天 榊神社近くの神社・寺
| 浅草橋須賀神社 | 団子を奉納する祭礼があったことから「団子天王社」とも呼ばれる祇園信仰の神社。 |
|---|---|
| 揖取稲荷神社 | 約400年前に船の安全を祈願して創建。玩具などが祀られている珍しい神社です。 |
| 鳥越神社 | 1400年の歴史がある神社。鳥越まつりの千貫神輿で有名。 |






