東京都新宿区西早稲田に鎮座する穴八幡宮(読み方はあなはちまんぐう)は、金運上昇・商売繁盛・開運・長寿のご利益で知られるスピリチュアルなパワースポット。
特に冬至から節分まで期間限定で授与される、江戸時代から伝わるお守り「一陽来復(いちようらいふく)御守」は、金銀融通(金運が良くなる)の御守として絶大な人気があります。
また、穴八幡宮は蟲封祈禱でも有名で、多くの将軍・皇族方がそのご祈祷を受けています。
特に小児の蟲封祈禱は江戸市民の間にも信者が多く有名でした。

目次
・歴史とご祭神・ご利益
・鳥居
・隋神門
・手水舎・布袋尊舎
・社殿
・鼓楼と神武天皇陵遥拝所
・出現殿
・御朱印・お守り
・髙田馬場流鏑馬
・アクセス
・主な行事・お祭り
・近くにある神社・寺
穴八幡宮の歴史とご祭神・ご利益
ご祭神は、武神である應神天皇(品陀和気命)、應神天皇の父神である仲哀天皇(帯中日子命)、應神天皇の母神である神功皇后(息長帯比賣命)。
1062年(康平5年)、源義家(八幡太郎)が奥州の乱を鎮圧した帰りに日本武尊命に習って兜と太刀をこの地に納め、東北鎮護の社として氏神である八幡宮を勧請したのが始まりです。
1636年(寛永13年)には、早稲田に住んでいた松平直次(幕府の御持弓組頭)がこの地に的場を築き、射芸の守護神として奉祀しています。
1641年(寛永18年)に南側の山裾から神穴が出現し、中から金色の御神像が発見されたことから穴八幡宮と呼ばれるようになりました。
三代将軍徳川家光公の頃には、江戸城北の総鎮護として篤く崇拝されています。
一時は衰微を見たものの、1879年(明治12年)に大正天皇の御蟲封を拝命したことから再興。
戦争により罹災するもの、再建境内整備が進められ今に至ります。

穴八幡宮の鳥居
早稲田通りと諏訪通りの交差点、馬場下町交差点に建つ朱色の鳥居。
こちらが正面参道になります。


鳥居の台には亀…ではなくて、石柱や石碑の土台装飾に用いられることが多い贔屓(ひき)。
贔屓は中国における伝説上の生物で、その姿は亀に似ており、龍が生んだ9頭の神獣・竜生九子の1つ。
見上げたところには流鏑馬像。


他、穴八幡宮の入り口は西参道鳥居・東参道鳥居とあり、なかでも北参道の青銅鋳物製大鳥居は大きくて立派。
サイズは両翼11.5m、高さ9mで総重量は15トン近く。
金箔が施された扁額には菊の御紋、貫には八幡様の使いであるハトが三羽。
足元には、蛇が亀に絡みつく玄武が施されています。



穴八幡宮の隋神門
石段を登り二の鳥居の先にまた石段。
朱色の隋神門(ずいしんもん)が見えます。
左手はちょっとした庭園が広がり、お城を彷彿とさせる石垣も。


1849年(嘉永2年)に、清水喜助(後の清水建設創業者)により竣工。
伝統的な木造建築の「木割り」を用いており、左右の柱の中には隋神様、その背中側(拝殿側)には一対の神馬像。





穴八幡宮の手水舎・布袋尊舎
隋神門をくぐった先、まっすぐに伸びる参道の先には拝殿。
左側は広いスペースで、右側には手水舎と布袋尊舎。



手水舎には、布袋様に似ている坊主頭の恰幅のよい男性像が置かれ、肩に担う福袋から浄水が流れています。



大きなお腹と福耳、ニコニコした笑顔の布袋尊様は、撫でることで豊かな恵みをもたらしてくれると言われています。
これまでたくさんの参拝者に撫でられて黒くツルツルになっていました。
そのご利益は財運や夫婦円満、商売繁盛、開運など。



穴八幡宮の社殿
1992年(平成4年)に再建された、大きくて立派な黒漆の拝殿。
土間仕様の拝殿内は天井が高く、床は石製。
左側には社務所があり、通常はこちらでお守りや御朱印を頒布されています。
お守りやお札の返納も社務所で受け付けています。

拝殿前には狛犬が鎮座し、その後ろには大きな楠。


金具とのコントラストも美しく、柱の下の金色の金具にも贔屓。
軒下彫刻には八幡の神使である鳩が三羽。



穴八幡宮の鼓楼と神武天皇陵遥拝所
隋神門の左側には、梁の端部に十二支をモチーフにした極彩色の彫刻が施された、鮮やかな朱塗りの二層鼓楼(ころう)。
鼓楼内には、例大祭と大晦日の際に叩く太鼓が納められています。

隣には、日本の初代天皇とされる神武天皇陵遥拝所。
紀元2600年の奉祝をきっかけに全国で建立された遥拝所の一つで、奈良の神武天皇陵に向けて拝礼できるように配置されています。
1775年(安永4年)に奉納された狛犬が控え、頭には宝珠と角。
愛嬌あるお顔をしています。




穴八幡宮の出現殿
神武天皇陵遥拝所のすぐ近くには、出現殿に続く階段。
出現殿は、江戸時代に御神穴が見つかった場所に建つ御社殿。
通常は非公開です。
出現殿の前には、素敵な庭園風景が広がっており、小路は二の鳥居前に続いています。


穴八幡宮の御朱印・お守り
社務所は拝殿入って左側。
御朱印は直書きのみで書置きはなし。
一陽来復御守頒布期間(冬至から節分)を除き頒布されています。
穴八幡宮のお守りには、家でお金を貯めておく場所(金庫など)に入れておく「福銭」や、通帳や印鑑を入れて外に持ち歩かない黄色い袋の「福財布」、財布・携帯電話カバーの・名刺入れなどお金と一緒にならないように身に着ける「厄難消除御守」、八幡神様のお使いである鳩を模った「鳩笛」など多数あり、公式サイトではその使い方・お参りの仕方が案内されています。
特に冬至の福神祭から節分の期間限定で頒布されている「一陽来復御守」は有名。
福神(打ち出の小槌)のご利益に起因するお守りで、金銀融通の御守とも呼ばれています。
そんな一陽来復御守にはお祀りの仕方や外し方など決まったやり方があり、予期せず落ちた場合は社務所に返納し、御神前で神様にその旨を御報告しなければいけません。
一緒に同封されている説明書きや公式サイトの案内をよく確認しておくと安心です。
ちなみに家の壁に貼るのが厳しい場合は、お財布にいれてお祀りする「一陽来復懐中御守」もあり。
こちらはお財布の中のお金の巡りが過不足なく巡るようにと御祈願されているお守りで、主財布の中に入れて一年間お祀りします。
いつ入れるのかは決まっておらず、いつでもいいそうです。
穴八幡宮の髙田馬場流鏑馬
毎年体育の日に斎行されている神事髙田馬場流鏑馬(新宿区の無形民俗文化財)は、1728年(享保13年)から続く歴史ある祭事として有名。
八代将軍徳川吉宗公が、平安から鎌倉時代において行われていた流鏑馬(走る馬の上から矢で的を射る射技)を儀式として制定し、世嗣の疱瘡平癒祈願として、将軍家奉納の穴八幡宮神事流鏑馬をおこなったのが始まりです。
1738年(元文3年)の竹千代(のちの十代将軍家治公)の誕生祝いでおこなわて以降、厄除け及び将軍家若君誕生の折に流鏑馬が奉納されるようになりました。
穴八幡宮神事流鏑馬が行われた高田馬場の幕府の弓馬調練所は、現在の西早稲田三丁目辺り(水稲荷神社が建っている辺り)で、歌川広重の「名所江戸百景」にも紹介されています。
一時期、途切れてしまいますが、水稲荷神社が現在地に移ったのをきっかけに、水稲荷神社境内において復活。
例年体育の日に実施されるようになりました。
1979年(昭和54年)からは近くの都立戸山公園で斎行されています。
穴八幡宮の詳細
穴八幡宮へのアクセス
- 東京メトロ東西線:早稲田駅3B出口より徒歩5分
- 公式サイト:https://www.anahachimanguu.jp/
穴八幡宮の主な行事・イベント
- 1月:歳旦祭、元始祭、小祭(春祭)
- 2月:節分(追儺式)、紀元節祭、祈年祭、天長節祭
- 3月:春季皇霊祭
- 4月:神武天皇祭
- 5月:中祭(夏祭)
- 6月:水無月晦日大祓
- 9月:例大祭、敬老祭、秋季皇霊祭
- 10月:神事高田馬場流鏑馬、神嘗祭
- 11月:明治節祭、新嘗祭
- 12月:師走大晦日年越大祓、竈神祭、除夜祭
穴八幡宮近くの神社・寺
| 放生寺 | 穴八幡宮の元別当寺であった真言宗のお寺。一陽来福のお札を授与されています。 |
|---|---|
| 法輪寺 | 穴八幡宮の向かいにある日蓮宗寺院。花手水をはじめ、境内の至るところに花が飾られている花寺。 |
| 水稲荷神社 | 緑豊かな境内には白山羊・黒山羊さんが。社殿裏側の高田富士は見ごたえあり。 |
| 新宿諏訪神社 | 諏訪の霊泉の湧き水が流れる1200年の歴史ある古社。歌人・在原業平にまつわる伝承から「恋の森」と呼ばれています。 |
| 玄国寺 | 諏訪神社の元別当寺。境内には弁天堂があり、御神木の松ぼっくりで知られています。 |
| 宝禄稲荷神社 | 穴八幡宮境外末社。特に宝くじや受験などの当選祈願のご利益で有名で、外れくじ供養もおこなわれています。 |
| 天神町北野神社 | 赤城神社の兼務社で、御朱印もそちらで。個性的な顔をした狛犬がかわいい。 |






