東京都台東区にある千束稲荷神社(読み方はせんぞくいなりじんじゃ)は、樋口一葉の「たけくらべ」で知られている神社。
明治時代初期の東京・吉原遊郭の近くを舞台に、主人公の少女と周囲の少年少女の成長、初恋を描いた「たけくらべ」では、千束稲荷神社が夏のお祭りの舞台として登場しています。
文学作品ゆかりの神社として文学や芸能の成就を祈願して参拝する方も多く、境内には樋口一葉の文学碑も建立されています。

目次
・歴史とご祭神・ご利益
・鳥居
・境内
・樋口一葉文学碑
・社殿
・御朱印・お守り
・アクセス
・主な行事・お祭り
・近くにある神社・寺
千束稲荷神社の歴史とご祭神・ご利益
ご祭神は、五穀豊穣をつかさどるお稲荷さんと呼ばれ親しまれている倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と、八岐の大蛇退治で知られる素戔嗚尊(すさのおのみこと)。
そのご利益は家内安全・商売繁盛・災厄除け・病気平癒です。
創建年数は不詳ですが、おそらく寛文年間。
徳川四代将軍家綱の時代と推測されています。
かつては浅草から千住にかけてを千束郷(せんぞくごう)と呼ばれており、北に下千束稲荷、南に上千束稲荷(または西宮稲荷)とありました。
下千束稲荷が現在の千束稲荷神社で、浅草寺境内にあった上千束稲荷はすでに現存していません。
江戸時代には吉原遊郭として栄え、千束郷の一部に龍泉寺村できたことからその氏神に。
下千束稲荷とされていたお稲荷様を「千束稲荷神社」に改称されました。
関東大震災後の区画整理で現在地に移り、今に至ります。
千束稲荷神社の鳥居
台東区の国際通り竜泉二丁目の交差点付近、樋口一葉の顔写真が載った大きな看板が目印。
閑静な住宅地にある神社です。



1813(文化10年)建立の鳥居の柱には、江戸後期の書家亀田鵬斉(かめだ ぼうさい)の書が刻まれています。
右に「資生功廣郷里沐調和」。
左に「化育徳宏閭閻蒙保障」。
その意味は「神の徳により資生産業は栄え、郷里は、静かに調和を保ち、平安無事な日々が保証される」。

千束稲荷神社の境内
鳥居をくぐったところに鎮座する狛狐は、少しお顔が大きめで、ほほのあたりがふっくら。
くりっとした目が印象的です。



開放感のある境内右側には、縁結び・家庭円満・身体健康・病気平癒のご利益がある御神木として信仰されている大きな銀杏。


少し左に折れた参道の先に社殿があります。

千束稲荷神社の樋口一葉文学碑
社殿近くには、樋口一葉の文学碑。
樋口一葉の代表作「たけくらべ」や日記「塵中日記」は、かつてこの地で過ごした日々をもとにした作品。
近くには樋口一葉ゆかりの名所として台東区立一葉記念館があります。

彫られている碑文は「塵中日記」の一文。
樋口一葉の自筆。
「明日ハ鎮守なる千束神社の大祭なり今歳は殊ににぎはしく山車などをも引出るとて人々さわぐ
樋口 夏」
千束稲荷神社の社殿
昔は、今の昭和通りのあたりに鎮座していた木造社殿。


拝殿左側には神輿庫。
関東大震災にて焼失後、1986年(昭和61年)に復興された宮神輿が保管されています。
そして右側には、梅の木と群馬県神流川産の三波石。


千束稲荷神社の御朱印・お守り
社務所は社殿向かって右側。
通常御朱印には、「抱き稲」の社紋と「樋口一葉たけくらべゆかり」の朱印が押されています。
お守りでは、龍の刺繍が入った「勝守」などがあります。



千束稲荷神社の詳細
千束稲荷神社へのアクセス
- 地下鉄東京メトロ日比谷線:三ノ輪駅より徒歩5分
- 公式サイト:http://senzokuinari.tokyo-jinjacho.or.jp/index.html
千束稲荷神社の主な行事・イベント
- 1月:若水授与、歳旦祭
- 2月:節分厄除け神事、初午祭
- 5月:例大祭(神幸祭)
- 11月:新嘗祭
- 12月:大祓式、除夜祭
千束稲荷神社近くのおすすめ神社・寺
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|---|---|
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| 飛不動尊 正宝院 | 空飛ぶお不動様、厄飛ばしのお不動様。航空安全やゴルフお守りで有名。 |
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