【等々力】玉川八十八ヶ所第54番!等々力不動尊が兼務する満願寺

満願寺(読み方はまんがんじ)は、平安時代末期に開創した1200年の歴史ある真言宗寺院。

智積院(京都)を総本山とする真言宗智山派に属し、正式名は「致航山 感應院 満願寺」です。
また、玉川八十八ヶ所第54番の札所

境内にはスピリチュアルなパワースポットにもなっている一言地蔵尊が安置されています。

等々力不動尊の兼務寺で、等々力駅を挟んで北側に鎮座しています。

等々力 満願寺





目次
歴史とご本尊・ご利益
山門
境内
本堂
庭園・大塔
一言地蔵尊
庚申堂
御朱印・お守り
アクセス
主な行事・お祭り
近くにある神社・寺
 

満願寺の歴史とご本尊・ご利益

山号は致航山(ちこうざん)。
院号は感應院(かんのういん)。
寺号は満願寺。
宗派は真言宗智山派。

ご本尊は金剛界大日如来

平安時代に別の場所で開創されましたが、室町時代に吉良氏の兎々呂城(現在地)に祈願寺として移築
現在地に移って450年以上たちます。

江戸時代には格式の高い「寺院常法談林三衣(じょほうだんりんさんね)」に認められ、学問所・教育機関としての役割も担っていました。

等々力 満願寺

 

満願寺の山門

最寄り駅の東急大井町線等々力駅北口から徒歩4分ほど。
目黒通り沿いに鎮座。

主張しすぎないシンプルな山門は、まるで高級和風旅館を彷彿とさせます。

等々力 満願寺

 

扁額「致航山」は、江戸時代中期の儒学者・書家・篆刻家である細井廣澤(広澤)の書。

江戸幕府五代目将軍・徳川綱吉の右腕だった柳沢吉保に登用された人物で、満願寺に残る墓所は国指定文化財(国指定史跡)となっています。

等々力 満願寺

 

満願寺の境内

敷地は広く開放的。

山門の正面に本堂。

等々力 満願寺

 

右側に寺務所。

左側には一言地蔵尊、鐘楼。

一言地蔵尊がある建物の前には、庇を利用した休憩スペースも。
ベンチも置かれていました。

等々力 満願寺

等々力 満願寺

等々力 満願寺




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満願寺の本堂

本堂は、数寄屋造の名匠と言われる吉田五十八氏による設計。

白い石畳の先には、白壁に黒色の柱、すっと左右に伸びるようなグリーンの屋根。
スタイリッシュなモダン建築物です。

扁額「満願寺」は、細井廣澤(広澤)の子である細井九皋(きゅうこう)の書です。

等々力 満願寺

 

満願寺の庭園・大塔

本堂・客殿の奥には、造園家の岩城亘太郎のによる池泉庭園があります。

世田谷区民の選ぶ「せたがや百景」に選定されており、通常は非公開ですが、期間限定で公開されることもあり(7月9月のお彼岸、3月の春彼岸)。

その奥にある桧皮葺総檜造りの大塔も一緒に御開帳されています(実施しない年もあり)。

ただ、法要後1時間程度と短く、大体13時から14時頃までのようです。

等々力 満願寺
大塔のてっぺんがちらりと見える…

 

満願寺の一言地蔵尊

本堂の左側には金色の一言地蔵尊。

心をこめて一言祈願すると願いが叶うといわれています。

等々力 満願寺

等々力 満願寺 一言地蔵尊

 

満願寺の庚申堂

境外の一隅には庚申堂があります。

堂内には高さ115㎝ある駒型の庚申塔。
青面金剛像に二鶏・邪鬼・三猿が彫られています。

等々力 満願寺 庚申堂

等々力 満願寺 庚申堂

 

満願寺の御朱印・お守り

本堂向かって右側の寺務所窓口にて。

御朱印(大日如来)と御守り(2種類)とあります。

等々力 満願寺

 




満願寺の詳細

満願寺へのアクセス


満願寺の主な行事・イベント
  • 1月:修正会
  • 3月:春彼岸会
  • 7月:施餓鬼会大法要、盂蘭盆会、御霊まつり
  • 9月:秋彼岸会
  • 12月:除夜の鐘

満願寺近くの神社・寺
等々力不動尊 等々力渓谷に鎮座する関東三十六不動の第十七番、玉川八十八ケ所霊場三十三番。満願寺の別院です。
玉川神社 目黒通り沿いにある、等々力の自然に囲まれた神社。獅子の子落としやがまんさまも見られます。
中町天祖神社 等々力玉川神社が管理。境内社の弁天社には蛇石が奉納されています。
九品仏浄真寺 阿弥陀如来仏や釈迦如来仏、閻魔大王など多数の仏像がある広い寺院。秋には紅葉が美しいです。
上野毛稲荷神社 稲荷坂途中に鎮座。等々力玉川神社の兼務社。




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