創建詳細は不明であるものの、約900年前に創建されたと伝わる桐ヶ谷氷川神社(読み方はきりがやひかわじんじゃ)は、五反田の住宅街に鎮座するスピリチュアルなパワースポット。
正式名称は「氷川神社」ですが、旧地名から「桐ヶ谷氷川神社」と呼ばれることが多く、現在の地名から「西五反田氷川神社」とも。
江戸時代には将軍徳川家光が鷹狩の際に立ち寄り社殿を修復したなど、徳川家との縁も深い古社です。

目次
・歴史とご祭神・ご利益
・鳥居・参道
・境内
・社殿
・忍田稲荷大明神
・御朱印・お守り・おみくじ
・駐車場
・アクセス
・近くにある神社・寺
桐ヶ谷氷川神社の歴史とご祭神・ご利益
ご祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)。
また、誉田別尊(ほんだわけのみこと)、建御名方命(たけみなかたのみこと)、面足命(おもだるのみこと)、惶根命(かしこねのみこと)が合祀されています。
そのご利益は厄除け・災難除け、家内安全、病気平癒、縁結びなどです。
創立年代は不詳ですが、新編武蔵風土記に「元禄年間社地免除の事」が記載されていることから、それ以前の創建とされています。
別当寺は、現在も隣接する安楽寺でした。
1851年(嘉永4年)に村民が湧き水が流れていた泉を利用して滝を作り、「氷川の滝」「桐ヶ谷の滝」と呼ばれる名所に。
現在もその名残が残っています(本殿右側の崖)。
現在合祀されている四柱が合祀されたのは1908年(明治41年)。
村内にあった八幡社・諏訪社・第六天社(2社)です。
さらに、袖ヶ崎神社(雉子神社の兼務社)の境内社であった忍田稲荷大神も末社として遷座されています。
桐ヶ谷氷川神社の鳥居・参道
最寄駅の東急目黒線不動前駅から駅前商店街を東へ進んだ所に鎮座。
社号碑には旧字体で「冰川神社」。
現在の御朱印もこの字体で書かれています。

緑に囲まれた参道。
左側は児童公園です。

参道の先には、境内に続く石段。
ちなみに階段右奥には、「氷川の滝」「桐ヶ谷の滝」と呼ばれていた滝の名残があります。
若干の湧水が流れており、時期によっては小さな池を作ることも。
また湧水の横には、幕末の鉄砲石(鉄砲の練習で標的にした石)。
鉄砲の弾で変形しています。

石段の途中には、江戸時代(1856年/安政6年)に奉納された狛犬。
狛犬はどちらも子持ちです。


桐ヶ谷氷川神社の境内
石段を上ってすぐ正面に手水舎。
この手水舎の水は、かつて「氷川の滝」と呼ばれた湧水によるものです。


桐ヶ谷氷川神社の社殿
1938年(昭和13年)と、戦前に造営された木造社殿。
権現造りの銅板葺社殿です。
拝殿には「氷川神社御神前」の提灯が掛けられ、扁額は拝殿内に。

桐ヶ谷氷川神社の忍田稲荷大明神
社殿向かって右側には、もともとは袖ヶ崎神社(現在は雉子神社の兼務社)に鎮座していた忍田稲荷大明神(しのだいなりだいみょうじん)。
1137年(保延3年)に京都稲荷山より勧請し、桐ヶ谷氷川神社には1908年(明治41年)に遷座。
三代将軍徳川家光をはじめ、伊達家・細川家などの大名からも篤く信仰されていたお稲荷様です。
参道にある鳥居は1842年(天保13年)のもので、忍田稲荷大明神が現在地に遷座した際に一緒に移されたものなのだとか。


周囲には桜の木が植えられているので、開花シーズンにはでとても綺麗な風景をみせてくれます。


桐ヶ谷氷川神社の御朱印・お守り・おみくじ
おみくじや絵馬、お守りなどの授与品は、普段は社務所内で授与。
お祭りなどの祭事の際には、拝殿横の授与所でも授与されているようです。
御朱印には旧字体の「冰川神社」で書かれています。

桐ヶ谷氷川神社の駐車場
参拝者用駐車場はみあたらず。
社殿正面の駐車場は月極駐車場で、拝殿右側の裏参道にはコインパーキングがありました。


桐ヶ谷氷川神社の詳細
桐ヶ谷氷川神社へのアクセス
- 東急目黒線:不動前駅より徒歩3分
桐ヶ谷氷川神社近くの神社・寺
| 安樂寺 | 桐ヶ谷氷川神社の旧別当寺。塩かけ地蔵地蔵や連理塚があります。 |
|---|---|
| 荏原金刀比羅神社 | 四国の金刀比羅宮の御分霊を祀る神社。境内にはアメジストの晶洞石が置かれています。 |
| 三島稲荷神社 | 建物の奥にひっそりと鎮座。朱色の幟が連なるきれいに管理されている稲荷社。 |
| 成就院(蛸薬師) | 御本尊が3匹の蛸にささえられる蓮華座に乗る薬師如来像。天台宗の寺院。 |
| 瀧泉寺(目黒不動尊) | 関東三十六不動霊場・十八番札所。福寿開運の仏・不動明王を祀ります。 |






