住宅街にひっそりと鎮座する黒船稲荷神社(読み方はくろふねいなりじんじゃ)は、倉稲魂命を祀る稲荷神社。
江戸時代に散穂稲荷と紅葉山稲荷を合祀し、黒船三社稲荷社とも呼ばれていました。
その歴史は古く、将門の乱平定後に創建されたとされています。
現在は浅草神社の兼務社で、5月に例祭が斎行されています。
御朱印はないようです。
目次
・歴史とご祭神・ご利益
・境内
・社殿
・アクセス
・近くにある神社・寺
黒船神社の歴史とご祭神・ご利益
ご祭神は倉稲魂命。
五穀豊穣・商売繁昌・家内安全・諸願成就のご利益があるといわれています。
940年(天慶三年)の将門の乱平定後に、平貞盛と藤原秀郷が黒船稲荷大明神として創建した歴史ある神社です。
創建のきっかけは、藤原秀郷がみた夢。
倉稲魂命と名乗る神人と白狐、たくさんの財宝を乗せた黒船が青海原に浮かんでおり、「秀郷の領地の入間川の岸に白狐がいる。そこが汝の縁地である」と告げられます。
目を覚ました藤原秀郷が入間川に向かうと、岸辺の石の上にいた白狐が藤原秀郷の姿を見るや丘の上に走りさるので追いかけたのですが、白狐の姿は消えてしまい見つかりません。
藤原秀郷は「これぞ神託にちがいない」として、白狐のいた石をご神体に、白狐の消えた丘の上に社を建てます。
そして、夢の中でみた黒船から黒船大明神と名付けます。
ちなみに、入間川とは隅田川のことです。
江戸時代の頃になると、釈妙円尼が泉住寺を別当寺として建立し、衰廃していた黒船神社を再興。
江戸城内にあった散穂稲荷(散穂稲荷大明神)と紅葉山稲荷(紅葉山稲荷大明神)を合祀したことから、黒船三社稲荷社(黒船三社稲荷大明神)とも呼ばれていました。
当初は黒船町河岸にありましたが、1732年(享保17年)に火災に巻き込まれ、年貢米を保管する御蔵の火よけ地として使われることに。
代わりに移ったのが現在地です。
黒船神社の境内
住宅街の一角に鎮座。
玉垣に囲まれたコンパクトな境内です。
鳥居、手水舎、石燈籠、狛犬などが安置されています。
稲荷神社ですが、狐ではなく狛犬が鎮座。
もふもふの狛犬の足元には、じゃれつく子犬。
どちらも親子でした。
境内には水盤と石柱。
黒船神社の社殿
社殿の前には、狛狐ではなく灯篭?
軒下や梁に見事な木彫が施されています。
黒船神社の詳細
黒船神社へのアクセス
- 東京メトロ銀座線・都営浅草線:浅草駅より徒歩4分
- 都営大江戸線:蔵前駅より徒歩5分
- 東京メトロ銀座線:田原町より徒歩6分
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