湯島天満宮の男坂の階段下、「学問のみち」沿いに鎮座する心城院(読み方はしんじょういん)。
「江戸三十三観音」の第七番札所でもあります。
ご本像は聖天さまと、一心同体といわれ聖天さまを祀る寺院には必ずといっていいほどある十一面観音さま。
正式名は「天台宗 柳井堂 心城院」
「柳井堂(りゅうせいどう)心城院」は、内にある江戸名水「柳の井」からきています。
とはいえ、通称「湯島聖天」の呼び名で知られています。
目次
・ご本尊・ご利益
・歴史
・本堂
・美髪・厄除けの霊水「柳の井」
・弁財天 放生池
・ほほえみ地蔵と茶枳尼天社
・災害復興地蔵尊
・御朱印・お守り・おみくじ
・秘法・浴油祈祷
・アクセス
・主な行事・お祭り
・近くにある神社・寺
心城院(湯島聖天)のご本尊・ご利益
御本尊は、大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)。
正式名称は「大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)」や「大聖歓喜自在天」「大聖歓喜双身天王」などといい、通称「聖天(しょうてん)さま」と呼ばれています。
ご尊像は比叡山から勧請した慈覚大師円仁作と伝えられています。
ヒンズー教で信仰されている象頭人身のガネーシャという神様が、十一面観音さまの法力により仏教に取り入んだ神様で、形像は主象頭人身の単身と双身とます。
その霊験あらたかなご神徳と仏教の守護神である絶対秘仏。
お供えには大根・歓喜団(巾着型のお菓子)・御神酒が不可欠です。
ご利益は、二股大根が夫婦和合・縁結び・家内安全など。
巾着袋が商売繁盛・金運・子孫繁栄などです。
心城院(湯島聖天)の歴史
もともとは湯島天満宮の別当寺・天台宗喜見院の宝珠弁財天堂。
1694年(元禄7年)、喜見院第三世・宥海大僧都が、天満大自在天神(菅原道真公)とご縁の深い歓喜天(聖天さま)を弁財天堂に奉安したのが開基となります。
ちなみに、道真公は熱心な聖天さま(大聖歓喜自在天)の信仰者であったため、聖天さまの別名である「大自在天」から神号「天満大自在天神」と呼ばれています。
さらに、天神様の本地仏(ご本体)は十一面観音です。
明治前までは湯島天満宮の境内にあり、現在はこじんまりとしたコンパクトな境内ですが、当時はかなりの広さが。
池には太鼓橋が架かるくらい大きく、また亀が冬眠できる泥の池であったことから「亀の子寺」とも呼ばれていたそうです。
湯島天満宮の男坂下が表門となっており、太田道灌の御殿・皓月亭跡でもありました。
また、寺門を維持するため幕府から「富くじ」が発行されたことでも有名。
ちなみに、宝くじの発行でにぎわった神社・寺は「江戸の三富」と呼ばれ、心城院(湯島聖天)・谷中感応寺(現・天王寺)・瀧泉寺(目黒不動)がこれにあたります。
明治の神仏分離令で廃寺になりそうでしたが、湯島天満宮との繋がりを断つのみにとどまり、単独の寺院として心城院に改めます。
さらに、心城院(湯島聖天)は多くの文学者や著名人の間にも知られた存在でした。
作家・泉鏡花の「湯島詣」の中では湯島天神下が「かくれ里」と称されており、「婦系図」ではお蔦が天神男坂を下り、心城院(湯島聖天)でおみくじを引く場面が。
小説家と劇作家である久保田万太郎は、天神下の情緒を好み鎌倉から引っ越し、心城院(湯島聖天)でおみくじを引いたり拍を詠んだりしています。
雑誌記者・新聞記者・遊芸的文芸作者である鶯亭金升は、聖天さまへの信仰から、心城院(湯島聖天)の信者となり、「名 残したきものぞ 月の影」「怠るな 専売は 無き人の知恵」などの自作自彫の板碑を奉納されています。
他にも、小説家・脚本家の平岩弓枝の時代小説「御宿かわせみ2」にでてくる「湯島天神の別当寺、喜見院の境内に、奇縁氷人石(迷子石)というのがあった。」は湯島天神境内にあるとして、湯島天満宮との関りも深くなっています。
心城院(湯島聖天)の本堂
山門を入って正面には本堂。
右側には弁財天放生池、左側は寺務所です。
現存する境内の手水鉢や堂内の巾着型香炉、みくじ箱、内陣の灯籠などは、心城院第10世中興・豪栄が住職在任中に製作寄進されたものです。
堂内には、ご本尊の聖天さまのほか十一面観音や宝珠辨財天、出世大黒天などの諸仏がお祀りされています。
宝珠辨財天は、江戸三十三ヶ所弁財天、江戸百弁天の一つ。
八臂の弁天様で、学業成就・芸事上達・金運などのご利益があると言われています。
また、商売繁盛・開運招福などのご利益で有名な出世大黒天も。
心城院(湯島聖天)の柳の井
江戸名水として名高い美髪・厄除けの霊水「柳の井」。
また、関東大震災の時には多数の罹災者の生命を守った唯一の水でもあります。
手水鉢には聖天さまのシンボルである二股大根が描かれています。
江戸時代の文献には、「この井は名水にして女の髪を洗えば如何ように結ばれた髪も、はらはらほぐれ垢落ちる。気晴れて、風新柳の髪をけずると云う心にて、柳の井と名付けたり」と記されています。
昔から水枯れすることなく、数滴髪に撫でれば水が垢を落とすが如く髪も心も清浄になり降りかかる厄難を拂ってくれると伝えられています。
そのため、霊水「柳の井」での手の清め方は他と同じですが、最後に頭に手をやるのが他とは違います。
心城院(湯島聖天)の弁財天 放生池
弁財天放生池にかかる赤い太鼓橋の先には龍神様が鎮座され、亀がたくさんいます。
亀は病気平癒の祈願などで縁起が良いこともあり、「亀の子寺」とも呼ばれていました。
かつては大きな池でしたが、都市化に伴い水が抜けて亀の生育が困難に。
周囲の要望から2011年に復活し、再び亀が放たれました。
心城院(湯島聖天)のほほえみ地蔵と茶枳尼天社
本堂の右端にはほほえみ地蔵と八体地蔵。
八体地蔵は上野浄名院の八万四千体地蔵尊から勧請された地蔵尊です。
奥には、五穀豊穣・商売繁盛の守り神である茶枳尼天社(だきにてんしゃ)。
手間には、茶人・作庭家の小堀遠州が作った水琴窟もあります。
水琴窟に流れる水は厄除けの江戸名水「柳の井」の霊水。
この水を柄杓ですくい、黒砂利の中央の玉石へ流します。
音が聞き取りにくいときは、脇の聞き竹に耳を添えるといいそうです。
水が張られた石鉢には「吾唯足知のつくばい」。
心城院(湯島聖天)の災害復興地蔵尊
心城院の山門を出て右、湯島天満宮の男坂下にあるのが、東京大空襲・東日本大震災で犠牲になられた方々への慰霊と、震災からの早期復興を祈念し建てられた災害復興地蔵尊。
3月10・11日の10時から15時半までは誰でも焼香でき、11日の地震発生時刻には慰霊法要がおこなわれています。
心城院(湯島聖天)の御朱印・お守り・おみくじ
御朱印は本堂の左側にある窓口からいただけます。
大聖歓喜天と十一面観世音菩薩の2種類です。
お守りでは、心城院(湯島聖天)が「亀の子寺」とも呼ばれることから、授与物には亀にまつわるものや、聖天さまのご利益を表した「二股大根」「巾着袋」にちなんだものなどが用意されています。
元三大師護符は、命日が1月3日であることから「元三大師」と呼ばれる天台宗の僧・良源(りょうげん)が鬼の姿になった様子を描いたもので、魔除け・厄除けの効果があるとされています。
聖天さまのシンボルマークである巾着型のお守り「巾着お守り」は、お願い事が祈願された内符を、願いを念じながら自分で入れます。
心城院(湯島聖天)の秘法・浴油祈祷
絶対秘仏の聖天さまをご供養する独特な祈祷法「浴油祈祷」は完全非公開の秘術。
毎月1・16日の聖天さまのご縁日のみ執行しており、それぞれの祈祷日(1・16日)より1週間連続でお札を加持し、ご心願の成就を祈念しています。
そのため、祈祷日の前日(毎月末日あるいは毎月15日)までに、専用の申込書に必要事項をご記入のうえ、受付・FAX・郵送にて申し込む必要があります。
願旨(おねがいごと)はお札一体につき一つ。
ご志納金は木札、金紙札、白紙札、懐中守と異なり、郵送での授与にも対応しています。
心城院(湯島聖天)の詳細
心城院(湯島聖天)へのアクセス
- 東京メトロ千代田線:湯島駅3番出口より徒歩2分
- 東京メトロ銀座線・都営地下鉄大江戸線:上野広小路駅A4出口より徒歩8分
- 公式サイト:https://www.shinjyo-in.com/
心城院(湯島聖天)の主な行事・お祭り
- 1月:大般若経転読法要
- 2月:節分星まつり祈祷
- 3月:東京大空襲犠牲者・東日本大震災犠牲者慰霊焼香
- 4月:花まつり
- 5月:大般若経転読法要
- 9月:大般若経転読法要
- 毎月1・16日:聖天さまのご縁日
心城院(湯島聖天)近くのおすすめ神社・寺
湯島天満宮 | 日本神話の神様と学問の神様を祀る学業成就・合格祈願の聖地。梅まつりや菊まつりでも有名。 |
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箭弓稲荷神社 | 建物の中を通った先にあるコンパクトな神社。建物に囲まれた印象的な神社です。 |
麟祥院 | 臨済宗妙心寺派の寺院で、徳川家光の乳母・春日局の菩提寺です。 |
霊雲寺 | 真言宗霊雲寺派の寺院。将軍家の武運長久の祈願寺として創建。 |