疫病除けの守護神である素盞鳴尊の祀り、病気平癒のご利益で知られる浅草橋須賀神社(読み方はあさくさばしすがじんじゃ)は、1600年以上の歴史を持つ祇園信仰の古社。
例大祭で団子を奉納する習わしがあったことから「団子天王社(だんごてんのうしゃ)」とも呼ばれていました。
創建当初のご祭神は牛頭天王でしたが、明治の神仏分離で素盞鳴尊に。
社名も須賀神社になりました。
正式名称では「浅草橋」は付きませんが、他の須賀神社との区別からも「浅草橋須賀神社」と呼ばれています。

目次
・歴史とご祭神・ご利益
・鳥居
・境内
・社殿
・御朱印・お守り・おみくじ
・アクセス
・近くにある神社・寺
浅草橋須賀神社の歴史とご祭神・ご利益
ご祭神は、天照大御神の弟でヤマタノオロチを退治した荒ぶる神、素盞鳴尊(すさのおのみこと)。
そのご利益は家運隆昌、疫病退散、目的完遂など。
その創建は、飛鳥時代以前の600年(推古天皇9年)。
この辺りで疫病が流行し、困った人々が牛頭天王(ごずてんのう)に病気平癒を祈願。
そのご神徳に感謝し祠を建てたのが始まりといわれています。
また江戸時代の例大祭では、氏子が団子を作り笹の枝に刺して奉納し、参拝者が厄除けの御守として持ち帰っていました。
その由来は、娘の快癒を祈った両親が21日間の願掛けをおこない、快気するとそのお礼として、笹の枝に団子をさした笹団子を牛頭天王の御神前に奉納したことによるのだとか。
その事から「団子天王」「笹団子天王」と称されるように。
1639年(寛永16年)になると、老中・松平信網が奉行の神尾元勝や朝倉在重に命じて社殿が建てられました。
「団子天王社」の他にも「牛頭天王社」や「祇園社」「蔵前天王社」と呼ばれていましたが、明治の神仏分離で須賀神社と改称。
同時にご祭神も牛頭天王から素戔嗚尊へと変更されました。

浅草橋須賀神社の鳥居
最寄り駅のJR総武線・都営浅草線浅草橋より徒歩数分。
江戸通りに面したところに鳥居が立つのでわかりやすく、迷うことなくたどり着けます。


浅草橋須賀神社の境内
鳥居をくぐると、すぐ左手に瓦屋根の手水舎と神輿庫。
微妙な角度で右に折れる参道の先に社殿、その奥に社務所とコンパクトな境内です。


浅草橋須賀神社の社殿
震災と戦災で社殿が焼失し、1961年(昭和36年)に造営された鉄筋コンクリートの社殿。
社殿の前には、ちょっと大きめな一対の狛犬(岡崎現代型)。
拝殿の扉には、牛頭天王を御祭神とする八坂神社(京都)と同じ「五瓜に唐花(木瓜)」の神紋。

浅草橋須賀神社の御朱印・お守り・おみくじ
社務所は社殿向かって右側にありますが、参拝した日は御朱印やお守りが社殿のところに置かれていました。
ご不在が多いがための対策かもしれません。
御朱印は中央に「須賀神社」の朱印、五瓜に唐花の社紋が押されていました。


授与品では、各種お札、飛躍午守りや干支午お守り、交通安全お守り、交通安全ステッカー、須賀神社お守り(家内安全・身体健全)、心願成就お守りなどがありました。




絵馬掛けは社殿向かって左側にあり、おみくじは天水桶にかかっている網に!?
なかなかユニークなおみくじ掛けです(誰かが結んだのをきっかけに自然発生したのかな?)

浅草橋須賀神社の詳細
浅草橋須賀神社へのアクセス
- JR総武線・都営浅草線:浅草橋駅より徒歩3分
浅草橋須賀神社近くの神社・寺
| 銀杏岡八幡神社 | 源義家が銀杏の枝をさし勝利を祈願したことで有名。秋の銀杏がきれい。 |
|---|---|
| 總本宮第六天榊神社 | 御朱印には鶴亀のスタンプが押される、健康長寿、徳商売繁盛、家内安全の神様。 |
| 鳥越神社 | 1400年の歴史がある神社。鳥越まつりの千貫神輿で有名。 |






