横浜市西区に鎮座する東福寺(読み方はとうふくじ)は、赤門町の町名にもなっているの朱塗りの山門「赤門」で有名な高野山真言宗の寺院。
正式名は「光明山遍照院東福寺」。
赤門東福寺とも呼ばれています。
また、東国八十八ヵ所霊場36番札所、横浜觀音三十三所2番札所、横浜弘法大師二十一所5番札所でもあります。
墓所には伊藤博文など政財界の大物と親交があった「料亭富貴楼(ふうきろう)」の女将・富貴樓お倉や、作家の長谷川伸一のお墓があり、広い墓地の背後には野毛山公園が広がっています。

目次
・ご本尊・ご利益
・歴史
・赤門
・閻魔堂
・本堂
・御朱印
・アクセス
・近くにある神社・寺
東福寺のご本尊・ご利益
山号は光明山。
宗派は高野山真言宗。
御本尊は、90センチの聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)。
別名「観音菩薩(かんのんぼさつ)」とも呼ばれ、人々を常に観ていて救いの声(音)があれば瞬く間に救済する菩薩様。
六観音の一つに数えられており、地獄道に迷う人々を救うとされています。
苦難除去、現世利益、病気平癒、厄除け、開運、極楽往生などさまざまなご利益があります。
東福寺の歴史
その創建は寛元年間の頃。
後嵯峨天皇の勅願で、元心法師によって開かれました。
荒廃していたのを戦国時代の軍師・太田道灌公が中興し、1591年(天正19年)には徳川家康公より寺領を賜り、葵の御紋の使用を許された名刹。
最盛期には22の末寺を有するほどでした。
1607年(慶長12年)に現在地に移転し今に至ります。
ちなみに、現在は伊勢山皇大神宮の兼務社になっている子神社(日ノ出町)は、明治までは東福寺が別当寺でした。
東福寺の赤門
最寄り駅は京急本線黄金町駅。
初音町2丁目の交差点から赤門通りに入り進むと、やがて右手に有名な赤門が見えてきます。
山門は大火や戦災などで7度焼失し、現在の赤門は1960年(昭和35年)に再建。
以前の山門は2階建てだったようです。
左右には山門と同じ赤色の仁王像。



東福寺の閻魔堂
山門をくぐった先には広く開けた境内。
正面にあるのが、東福寺の見どころの一つとなっている閻魔堂。
堂内から閻魔大王様が、赤門を通る参詣者に睨みを利かしています。


閻魔堂の前、左側には弘法大師の稚児像と摩訶般若波羅蜜多心経が彫られた御影石。
右側には「浄財」と書かれた御影石があり、お賽銭を入れるとキレイな音が鳴ります。


奥に座る閻魔大王の手前には不動明王像。
入り口には添え護摩祈願とお線香が置かれていました。


東福寺の本堂
1960年(昭和35年)に再建された鉄筋コンクリート造の本堂。
ガラス戸には徳川家の家紋「三葉葵(みつばあおい)」の紋が付いています。

東福寺の御朱印
御朱印は直書きですが、ご住職が不在の場合は書置き。
御本尊「聖観世音菩薩」「不動明王」「閻魔」「弘法大師」、また梵字の御朱印もあるようです。
東福寺の詳細
東福寺へのアクセス
- 京急本線:黄金長駅より徒歩6分
- 京急本線:日ノ出町駅より徒歩10分
東福寺近くのおすすめ神社・寺
| 子神社 | 横浜の大国主さま。岡崎現代型の狛犬、猿田彦命の石像があります。 |
|---|---|
| 清正公堂 | 除災開運・勝負の守護神。境内には病よけの浄行菩薩もあり。 |






